「センチメンタル・ヴァーケションEP」

(『現代詩手帖』2021年8月号選外佳作)

 

ユーレイになった通路に 叫び声はやけに大きく反響する 燃えかすだらけのマウンテンパーカー 

遠慮もなく変換される 弟が好きだったものは 俺は 嫌いだった

光で目がくらみ

目線だけが裏返って 

「キ、キ、キ、キ、キリスト」 口に出した瞬間

爆笑が会場を包み

やけに涼しい顔をした

鳥かごは 文字通り爆発して

トイレに立ったまま二度と帰ってこない

持ち主を失った

照明は 

浴槽に頭から突っ込んだまま 息絶えていた

「お前も早く死んだほうがいいよ」

部屋の隅っこで鎖に繋がれた犬は掠れた声で呟く

優しい顔をした時代だ

これまでも これからも

共感ではなく、同意を

口先だけの采配 殴打の予感に期待も高まり

異常者のように

パンツだけを湿らせて

めまいにも似たような時間を

このまま失神して 朝まで乗り切ろうか

 

誰か 

の 

足音が 近づいてきた

 

「ハブさん今日も夜勤ですか?」

「いいや、今日は日勤」

「そうですか」

「4月28日だけど、午前10時に地下鉄東西線円山公園駅3番出口に集合でいいよ。無理なら直接公園でもいいです。話は変わるけど、サノくんはハブさんのこと好きじゃないと思う。いやらしい目で見ていたのは交差点を右折するまで、それから指を舐めるのでも詰めるのでもなく、頭から学生の分際で割り勘なんだって狙いすぎでしょ。しばらく音信不通だったけど、来月には挙式だって近所のガキが耳打ちしてきて不愉快だった。寝る前に、石鹸でうがいをして、戸締りを確認した後、部屋に火をつけたのは正直近所迷惑だと思う」

 

うろちょろと視界から消えて 吐き出している

古い映画を最後まで見るのも 諦めて 

横たわっていた 当事者不在のまま  覆い被さって 伸びきって いる 

いつのまにか繋辞を欠落した

他人のように 

痛みの味だけを知って 

ここから さらに 道のりは長い

手に持ったプラカード

道筋 を 首筋と書き損じた少女と

川沿いを一緒に歩いたことを思い出した 

(引っ掻いたら夏の匂いがした。何年も部屋に閉じこもっていたから、着てゆく服がないし、異様ににおいに敏感だ)

画面では 性懲りも無く人々が 

折り重なり合い

これまでも これからも

共感ではなくて、同意を

光の加減で 確認しあう光景が

何度も 映し出されている

(自分の名前を言うのも おぼつかない

これ以上 何もすることがなくなったときに

「人殺し」という言葉を すらすらと言えるようになる)

眠むれない壁際に 作業着は吊るされて

薄目から

字幕が 小屋に行ったところで溶け出し始めていた

 

 引き金を引いて

  女は スローモーションで崩れ落ちる

     ぽっかり空いた穴からは

 血がゆっくりと床に広がって

      薄色の肌が 

       季節を忘れ始めるころ

    写真の中の青空

   それから

     呼吸の隙間から

道は 腐るほど 続いてゆくのだ

   穴が空いたスニーカー

      紐も結ばないまま 

  保健室に行ったことはまだない

 CRファン感謝デー  

自転車を乗っただけで職質を受ける

(必要性があれば また 電話する)

大学教授になる方法 「犬を連れた奥さん」 ペーパーナイフ 

  教室に捨てられていたコンドーム 一人称「俺」の少女

お悔やみ欄を切り取る作業で1日が終わる

(出勤3日目で「怖くて夜が眠れない」と号泣される。

あれ以来口も聞いていない)

    ノイズ混じりに

聞こえてくる

  どーおーどー……どーとーどー……

軽々しく口にされる 

新しい生活 戦時下の生活 

 塹壕の中の営み 人々の営み

   (顔にマヌケと刺青を入れたい) 

         もう これまで

  と 言葉が 追いつかないうちに

(真夜中が やって 来そうだ)

   男が置いていった 花束を

          生き残るために 握りしめていた 

 

廃墟でみつけるための カセットテープ

やけに長ったらしい題名を 

好きな曲なんだよ と嘘ついて

適当に 貼り付けて その辺に積み上げている

グッドヴァケーション 

グッドヴァイブレーション 

去年の夏から

水浸しになった駐車場で

爆音で垂れ流し続けられる 

i wrote haikus about cannibalism in your yearbook  

さらに 

微睡んで

都内の高校を一年で中退して 親を悲しませた

疲れ切った 両腕を 段ボール箱から取り出して

「労働」なんて よく知らない言葉を得意げにつぶやくのは

下劣だから 

やめろ  

「あの建物は80万円で買った。隣に住む親族と仲悪いらしいから、昨日の雨も尚更ひどかった。『家系図を書くために』という本を買ったが書き込みが酷くて読めたものではない。結局、子供を二人だけ産んだ」

そう言って、笑ってまた一服

俺は 黙ったまま

手についた血と砂が排水管にたまってゆくのを

鉄柵をいっぱいにして じっと眺めている

犬だと思った覚えはないが 

今はできるだけ 土を食えるだけ食うつもりだ