「彼方からの手紙」

(『現代詩手帖』2021年6月号選外佳作)

 

お前が見るお前の表情の裏のその先の

例えば 出る杭を打つという 言葉を口にした後の

赤みがかった夕焼けの 「しましたの」 その先の

飛べない小鳥を 殺めるような 境界のその先の

このくだらないくだらない言葉で 途中を失い

そして 経験に 裏打ちされた

今日 如何にという

言葉を 聞き流し 果てしなく転がりながら

夜中まで 時間を稼ぐことが もう意味のないことのように

ただ それを惜しみながら また書き始めること

の意味の

ささやきの

今日も ひとり

浴槽に身を横たえて 女が出て行った空間の黒と白と灰色の点線を眺めていた

覚えていますか 「チャックが開いているよ」 泣き出し始めている

俺は お前の子を孕んでいることを不意に思い出しながら

あの日 見た光景を 思い出を 脳裏に構築し また打ちこわしながら

自傷」という言葉をたどたどしく発する女の その 歪んだつら

ここには なんの意味があるのか 

なんの感傷があるのか

外では ガキどもが騒ぎ始めている まだ浴槽の中にいる男の背中は

引っかき傷が多い シミとなった壁が囁き始める 「きみ、野球好きなのか?」

12時間のスイング 果てしなくスイング 誰にたどり着くこともないスイング またスイング

目の裏から 横隔膜まで 足首を洗って 夜を過ぎて このくだらないおしゃべりをやめて

ミシシッピ川の溺死体を見学して また深い場所まで 爪引っ掻いて

そこまで言いかけたら お前は 男になり 俺は女になり

見せしめのように 

詩人になるものかと言って鍵盤を開け

当たり前の風景を愛し始める

中央ビルメン リメンバー パールハーバー

破壊されたプレイステーション 後悔に後悔を重ねた 

ホーリーステーション 

先ほどのアイドルたちがぞろぞろと 

出てくる出てくる

あーめん

先ほどの合図が

忸怩を噛んでいた 北海道の読めない地名に

お前は 我を忘れて

「メンフィス!」

叫んだ

 

何から始めたらいいか 何か

が 今まさに崩壊しているのに 言葉が不自由だ 

不自由で 情けなくて

もう 手も足もできなくて

お前は いつも 遊びに出かけようとして

何処にも行き場所がなくて

すぐに この部屋に 何もない部屋に戻ってゆく

伝えたいことなんて あるのか

伝える価値があることなんて 俺たちには そう多くはないのだから

どれだけ自分たちが傷ついたのかとか

どれだけ自分たちが苦しんでいるとか

どれだけ自分たちは自分たちを傷つけるのをやめることができないのか

牛のよだれのように書き連ねている

何が楽しいんだよ こんなの

だけど それしか語る言葉はもうないのだとしたら

俺たちは 最低だ

 

まだ 言葉が見当たらない

たぶん 真夜中

あるいは 夏休みの間に見つけた

水辺に 浮き上がっている か細い足

お前は 花の名前を

 どれだけ 言えるのかを 口に出して

睫毛に 浸透し始める

   部屋の 隅では 

    俺たちの 失敗を 望んだ

薄黄色の スカーフの襞が

 闇を吸い込み 静かに呼吸を始めている

  確かに それらはこれのようであり

    これらは あれのようであり

 間違いが 間違いをたどり直すように

寡婦は お前の側を静かに横切り

           少し 舌打ちをした

後ろを振り返る

    頭蓋骨の奥から 這い出してくるイメージ の

 間隙から 

そちらへ 引かれて 

漢字を忘れた信号機や

 やけに 態度がでかいクソガキや

  朝焼けに うっかり心変わりを決め込んでいる人たちや

   蜂に刺されて 搬送される 大学生や

    ヤコブソンの遺言や マスク姿をした少女たちや

「世界」とやけに大きな主語で話し始めようとする

                   リトマス紙や

具体的に 始めよう 生活 なるべく 具体的に

そうすれば

息急き切って 

そのまま崩れ落ちるに任せたいんだ

 

彼方まで

LETTER FROM 43° これが最後の言葉だ

最後を できる限り 

引き延ばしている 毎日だった

誰にも 届かない手紙を お前は書き続けている

たぶん 俺もおんなじようなもんさ

何者かに なれないから これは比喩ではない

もちろん 比喩なんてクソさ

「調子はどうでしょうか。こちらは、まだまだ暑さが長引きそうです。今の世の中、何が起こるか分かりませんね。だけど、私たちは、こんな世の中に生まれたこと、後悔したくありませんね。後悔したら、そこで終わりですよ。なるべく、長生きしましょうね。また、何かありましたら、こういう風にあなたに、お手紙を書きたいと思います。お元気で……

お前は、また何かを付け足そうとするけど

それ以上は 続かなかった

忘れたくなかったことを しぶとく忘れそうになる

たぶん、今まで言えなかったことは

これからも 誰にもいうことは出来ないから

何もない

終わりにしたいさ このまま

ずっと 寝ていたいよ

出来ることは 出来ることとして

だけど そう多くはないから

これが 最後の言葉

そうなんども 言い聞かせているから

「こちらは、だいぶ暑さが引いてきました。でも、例年に比べるとまだまだ涼しくなるには時間がかかりそうです。ここにはいろんな人がいます。あなたの街と同じように。あなたが、時たま、口にする革命という言葉、余りにも大げさで思い出すたびに笑ってしまいます。でも、それでもとても懐かしいと思うのも本当です。詩人にならなければ、革命家になりたいと言っていたのは、馬鹿だなと思いますけどね。ところで、今度はいつ帰ってくるつもりですか。あなたの知り合いはここにはいません、みんな死んでしまったと思います。私たちは故郷を失っています。ここには、全てがあるがままに有りながら、全てが白々しいです。ある詩人が言っていましたけど、失うものはなかったけど、全ては失われていたんです。さびしいよ、俺は」

何か

触れていたような 気がする

もう 思い出せない

新聞に書かれていることは、全てが正しいと思う

そして

ここから先は何もないこともまた 同時に 正しいと思う

生きてゆく術の

在処を

手探りしている また そこから 何かが始まるのだとすれば

探し続けている 一人で この場所から

信じさせてほしい 

もう終わりたいと思う 俺は

だけど また 同時に 続けたいとも思っているのだから

 

いつのまにか

何処かに

消えてしまった

宛先

 

今は

さようなら