「目のまえのつづきを」

(『現代詩手帖』2021年10月号選外佳作)

 

 

 

すぐに間違える時間が 夜を超えた辺りで 

背中から立ち上がる 

それは顔のようなもので 私には無関係で

暴力に屈するな 暴力に屈しろ 

パラ

パララ

パラライ

パラライズ

(ウィージーはクソ野郎だ)

だけど 救えない

救いようがない 俺たちの

言葉が 

降り積もる 緑色の素描 パラフィン紙が柔らかく破れ

写真の中の人たちだけを 

ずっと愛していたい

境界線の前で 立ち往生している フリッカー 

三度目の八月 

抜け落ちてゆく声

抜け落ちてゆく 身体

冷たくなってゆく

触れてみる

触れてみたい

あれは 

昔家族が住んでいた庭だ

駆け抜けてゆく 二人

もう惨めに笑わなくていい

小銭を数える 木陰はここにはないから

震えている指先 

震えている 液体も流れない

足元で隠す前に

朝が

衝突する

「恥ずかしながら帰って参りました」

誰のためでもない 死者

誰のためでもない 

眼差し 

信号機は 溶け落ちてゆく 

スムースに スムースに

回帰する 放物線 

待ちくたびれた野球帽

雨の中で スコアは 濡れている 

傘を閉じると誰かが 死んでしまう

そう悩んでいる人にも

今日という 一日はあったのだ

あの人にも言いたいことはあっただろう

あの人にもあったはず の 

たったひとつの名前

点滅する風景

点滅する

無力感だけの配球  

ワンボール ツーボール 

ヘッドライトが音もなく落下する浴室 

バックミラーはシミだらけのシーツを舐めている 

ひとりぼっちのバリスト

お前がこの世界からいなくなることなんて 考えられないよ

広告カレンダーの文字は

掠れて読めない 

芯が出ないシャープペンシルを冷凍していれば

安心しろ

十代は何事もなく終わるのだから

「汚辱。私に残された最後のもの。おい、お前、汚い手でそれに触れるな」

やがて 死ぬファンクラブ解放最前線

真夏の浅瀬に

頸まで 浸かることはもうない 

男女が集まる東西線に爛れ落ちている

修羅場が見たくてたまらない

お前の 言葉は

泥水を飲むのを忘れて

おまけに かかとも亡くしてしまった

俺は 昼下がりの

病院で

お前と他人のように すれ違った時

「虫けら」という詩を 書いたことを思い出すだけだ

それ以外は なにもなく

何も食えなくなって

糞だけを垂れ流しつづるような

這いつくばって 

片目で

1日が 何事もなく終わるのを待っている

おやすみ スリーピー

たまには あの頃みたいに吠えてみろ

たまには あの頃みたいに噛み付いてみろ

こんな時期に 合宿なんだって

さようなら また明日

学校の制服は 

その年齢では 似合わない 

今すぐやめてくれ

もう二度と会いたくない

「ひゃくねんなんてあっというまさ。肩を見せてごらん。恥の多い一生でした」

マーク・リンカス 死んだ くたばった

吉村秀樹 死んだ くたばった

Y.N  あんたもだ 死んだ くたばっちまった

俺は ねむってばかりいる

耳が潰れて 痛みで目がさめることもある

夢は見ない

布団の中で もぞもぞと動いている

右手をベロベロ舐めてさへいる

確かに お前は この場所にいたのだ

おやすみ スリーピー

 

家の前に

消防車が何台も止まっている

すると

ぞろぞろ

近所の住民たち が 集まって来た

数分間待っていると

煙すらたたずに 

すぐに 空っぽの担架は   

救急車に

引き戻されて

何事もなかったかのように

人々は

日常を再開した

そんな話を 昼寝から目覚めた俺に

母親が話してくれた

「センチメンタル・ヴァーケションEP」

(『現代詩手帖』2021年8月号選外佳作)

 

ユーレイになった通路に 叫び声はやけに大きく反響する 燃えかすだらけのマウンテンパーカー 

遠慮もなく変換される 弟が好きだったものは 俺は 嫌いだった

光で目がくらみ

目線だけが裏返って 

「キ、キ、キ、キ、キリスト」 口に出した瞬間

爆笑が会場を包み

やけに涼しい顔をした

鳥かごは 文字通り爆発して

トイレに立ったまま二度と帰ってこない

持ち主を失った

照明は 

浴槽に頭から突っ込んだまま 息絶えていた

「お前も早く死んだほうがいいよ」

部屋の隅っこで鎖に繋がれた犬は掠れた声で呟く

優しい顔をした時代だ

これまでも これからも

共感ではなく、同意を

口先だけの采配 殴打の予感に期待も高まり

異常者のように

パンツだけを湿らせて

めまいにも似たような時間を

このまま失神して 朝まで乗り切ろうか

 

誰か 

の 

足音が 近づいてきた

 

「ハブさん今日も夜勤ですか?」

「いいや、今日は日勤」

「そうですか」

「4月28日だけど、午前10時に地下鉄東西線円山公園駅3番出口に集合でいいよ。無理なら直接公園でもいいです。話は変わるけど、サノくんはハブさんのこと好きじゃないと思う。いやらしい目で見ていたのは交差点を右折するまで、それから指を舐めるのでも詰めるのでもなく、頭から学生の分際で割り勘なんだって狙いすぎでしょ。しばらく音信不通だったけど、来月には挙式だって近所のガキが耳打ちしてきて不愉快だった。寝る前に、石鹸でうがいをして、戸締りを確認した後、部屋に火をつけたのは正直近所迷惑だと思う」

 

うろちょろと視界から消えて 吐き出している

古い映画を最後まで見るのも 諦めて 

横たわっていた 当事者不在のまま  覆い被さって 伸びきって いる 

いつのまにか繋辞を欠落した

他人のように 

痛みの味だけを知って 

ここから さらに 道のりは長い

手に持ったプラカード

道筋 を 首筋と書き損じた少女と

川沿いを一緒に歩いたことを思い出した 

(引っ掻いたら夏の匂いがした。何年も部屋に閉じこもっていたから、着てゆく服がないし、異様ににおいに敏感だ)

画面では 性懲りも無く人々が 

折り重なり合い

これまでも これからも

共感ではなくて、同意を

光の加減で 確認しあう光景が

何度も 映し出されている

(自分の名前を言うのも おぼつかない

これ以上 何もすることがなくなったときに

「人殺し」という言葉を すらすらと言えるようになる)

眠むれない壁際に 作業着は吊るされて

薄目から

字幕が 小屋に行ったところで溶け出し始めていた

 

 引き金を引いて

  女は スローモーションで崩れ落ちる

     ぽっかり空いた穴からは

 血がゆっくりと床に広がって

      薄色の肌が 

       季節を忘れ始めるころ

    写真の中の青空

   それから

     呼吸の隙間から

道は 腐るほど 続いてゆくのだ

   穴が空いたスニーカー

      紐も結ばないまま 

  保健室に行ったことはまだない

 CRファン感謝デー  

自転車を乗っただけで職質を受ける

(必要性があれば また 電話する)

大学教授になる方法 「犬を連れた奥さん」 ペーパーナイフ 

  教室に捨てられていたコンドーム 一人称「俺」の少女

お悔やみ欄を切り取る作業で1日が終わる

(出勤3日目で「怖くて夜が眠れない」と号泣される。

あれ以来口も聞いていない)

    ノイズ混じりに

聞こえてくる

  どーおーどー……どーとーどー……

軽々しく口にされる 

新しい生活 戦時下の生活 

 塹壕の中の営み 人々の営み

   (顔にマヌケと刺青を入れたい) 

         もう これまで

  と 言葉が 追いつかないうちに

(真夜中が やって 来そうだ)

   男が置いていった 花束を

          生き残るために 握りしめていた 

 

廃墟でみつけるための カセットテープ

やけに長ったらしい題名を 

好きな曲なんだよ と嘘ついて

適当に 貼り付けて その辺に積み上げている

グッドヴァケーション 

グッドヴァイブレーション 

去年の夏から

水浸しになった駐車場で

爆音で垂れ流し続けられる 

i wrote haikus about cannibalism in your yearbook  

さらに 

微睡んで

都内の高校を一年で中退して 親を悲しませた

疲れ切った 両腕を 段ボール箱から取り出して

「労働」なんて よく知らない言葉を得意げにつぶやくのは

下劣だから 

やめろ  

「あの建物は80万円で買った。隣に住む親族と仲悪いらしいから、昨日の雨も尚更ひどかった。『家系図を書くために』という本を買ったが書き込みが酷くて読めたものではない。結局、子供を二人だけ産んだ」

そう言って、笑ってまた一服

俺は 黙ったまま

手についた血と砂が排水管にたまってゆくのを

鉄柵をいっぱいにして じっと眺めている

犬だと思った覚えはないが 

今はできるだけ 土を食えるだけ食うつもりだ

 

「彼方からの手紙」

(『現代詩手帖』2021年6月号選外佳作)

 

お前が見るお前の表情の裏のその先の

例えば 出る杭を打つという 言葉を口にした後の

赤みがかった夕焼けの 「しましたの」 その先の

飛べない小鳥を 殺めるような 境界のその先の

このくだらないくだらない言葉で 途中を失い

そして 経験に 裏打ちされた

今日 如何にという

言葉を 聞き流し 果てしなく転がりながら

夜中まで 時間を稼ぐことが もう意味のないことのように

ただ それを惜しみながら また書き始めること

の意味の

ささやきの

今日も ひとり

浴槽に身を横たえて 女が出て行った空間の黒と白と灰色の点線を眺めていた

覚えていますか 「チャックが開いているよ」 泣き出し始めている

俺は お前の子を孕んでいることを不意に思い出しながら

あの日 見た光景を 思い出を 脳裏に構築し また打ちこわしながら

自傷」という言葉をたどたどしく発する女の その 歪んだつら

ここには なんの意味があるのか 

なんの感傷があるのか

外では ガキどもが騒ぎ始めている まだ浴槽の中にいる男の背中は

引っかき傷が多い シミとなった壁が囁き始める 「きみ、野球好きなのか?」

12時間のスイング 果てしなくスイング 誰にたどり着くこともないスイング またスイング

目の裏から 横隔膜まで 足首を洗って 夜を過ぎて このくだらないおしゃべりをやめて

ミシシッピ川の溺死体を見学して また深い場所まで 爪引っ掻いて

そこまで言いかけたら お前は 男になり 俺は女になり

見せしめのように 

詩人になるものかと言って鍵盤を開け

当たり前の風景を愛し始める

中央ビルメン リメンバー パールハーバー

破壊されたプレイステーション 後悔に後悔を重ねた 

ホーリーステーション 

先ほどのアイドルたちがぞろぞろと 

出てくる出てくる

あーめん

先ほどの合図が

忸怩を噛んでいた 北海道の読めない地名に

お前は 我を忘れて

「メンフィス!」

叫んだ

 

何から始めたらいいか 何か

が 今まさに崩壊しているのに 言葉が不自由だ 

不自由で 情けなくて

もう 手も足もできなくて

お前は いつも 遊びに出かけようとして

何処にも行き場所がなくて

すぐに この部屋に 何もない部屋に戻ってゆく

伝えたいことなんて あるのか

伝える価値があることなんて 俺たちには そう多くはないのだから

どれだけ自分たちが傷ついたのかとか

どれだけ自分たちが苦しんでいるとか

どれだけ自分たちは自分たちを傷つけるのをやめることができないのか

牛のよだれのように書き連ねている

何が楽しいんだよ こんなの

だけど それしか語る言葉はもうないのだとしたら

俺たちは 最低だ

 

まだ 言葉が見当たらない

たぶん 真夜中

あるいは 夏休みの間に見つけた

水辺に 浮き上がっている か細い足

お前は 花の名前を

 どれだけ 言えるのかを 口に出して

睫毛に 浸透し始める

   部屋の 隅では 

    俺たちの 失敗を 望んだ

薄黄色の スカーフの襞が

 闇を吸い込み 静かに呼吸を始めている

  確かに それらはこれのようであり

    これらは あれのようであり

 間違いが 間違いをたどり直すように

寡婦は お前の側を静かに横切り

           少し 舌打ちをした

後ろを振り返る

    頭蓋骨の奥から 這い出してくるイメージ の

 間隙から 

そちらへ 引かれて 

漢字を忘れた信号機や

 やけに 態度がでかいクソガキや

  朝焼けに うっかり心変わりを決め込んでいる人たちや

   蜂に刺されて 搬送される 大学生や

    ヤコブソンの遺言や マスク姿をした少女たちや

「世界」とやけに大きな主語で話し始めようとする

                   リトマス紙や

具体的に 始めよう 生活 なるべく 具体的に

そうすれば

息急き切って 

そのまま崩れ落ちるに任せたいんだ

 

彼方まで

LETTER FROM 43° これが最後の言葉だ

最後を できる限り 

引き延ばしている 毎日だった

誰にも 届かない手紙を お前は書き続けている

たぶん 俺もおんなじようなもんさ

何者かに なれないから これは比喩ではない

もちろん 比喩なんてクソさ

「調子はどうでしょうか。こちらは、まだまだ暑さが長引きそうです。今の世の中、何が起こるか分かりませんね。だけど、私たちは、こんな世の中に生まれたこと、後悔したくありませんね。後悔したら、そこで終わりですよ。なるべく、長生きしましょうね。また、何かありましたら、こういう風にあなたに、お手紙を書きたいと思います。お元気で……

お前は、また何かを付け足そうとするけど

それ以上は 続かなかった

忘れたくなかったことを しぶとく忘れそうになる

たぶん、今まで言えなかったことは

これからも 誰にもいうことは出来ないから

何もない

終わりにしたいさ このまま

ずっと 寝ていたいよ

出来ることは 出来ることとして

だけど そう多くはないから

これが 最後の言葉

そうなんども 言い聞かせているから

「こちらは、だいぶ暑さが引いてきました。でも、例年に比べるとまだまだ涼しくなるには時間がかかりそうです。ここにはいろんな人がいます。あなたの街と同じように。あなたが、時たま、口にする革命という言葉、余りにも大げさで思い出すたびに笑ってしまいます。でも、それでもとても懐かしいと思うのも本当です。詩人にならなければ、革命家になりたいと言っていたのは、馬鹿だなと思いますけどね。ところで、今度はいつ帰ってくるつもりですか。あなたの知り合いはここにはいません、みんな死んでしまったと思います。私たちは故郷を失っています。ここには、全てがあるがままに有りながら、全てが白々しいです。ある詩人が言っていましたけど、失うものはなかったけど、全ては失われていたんです。さびしいよ、俺は」

何か

触れていたような 気がする

もう 思い出せない

新聞に書かれていることは、全てが正しいと思う

そして

ここから先は何もないこともまた 同時に 正しいと思う

生きてゆく術の

在処を

手探りしている また そこから 何かが始まるのだとすれば

探し続けている 一人で この場所から

信じさせてほしい 

もう終わりたいと思う 俺は

だけど また 同時に 続けたいとも思っているのだから

 

いつのまにか

何処かに

消えてしまった

宛先

 

今は

さようなら